まえがき
今回からの2回(前編&後編)に渡っては、私の受けたパワハラを紹介したい。
同じように悩む人たちに、少しでもこの経験が何かのヒントになってくれればと思う。
いつもの様に書いても良いが、あくまで「私小説」として発表したい。
実際、パワハラに悩む方々はかなり精神的にも追い詰められているだろうから、ひとつの「物語」として、少し客観的に読んで頂く方が、心の負担にならないのではないか、と考えたのである。
サラリーマンとしては誰も、ふと石に躓く様に、急にとんでもない窮地に陥れられることもあるのだ。
ぜひ、読了して頂きたい。
<第一章>夢にまで見たホワイトカラー
現場社員と言うのは、日々、お客様やクライアントとの対峙で疲れ果てている。
そんな時に、月に一度やってくるか来ないかなのが、本社から来るスーパーバイザー(※以降「SV」)だったりする。
大規模商業施設の小売り点のスタッフとして派遣された私は、日々そんなスーツ姿の人間たちに敵意を見せていた。
「事件は会議室で起こっているんじゃない!現場で起こってるんだ!」
昔、山ほど使われていたあのセリフが、今になって身に染みる。
作業着やエプロンを付けずに、偶に現場に来ては、結局、話もロクに聞かず、皴の無いスーツ姿でそのまま帰っていく。
そんなSVを始めとする、いわゆる「ホワイトカラー」の人間を、汗まみれ埃まみれになっている「ブルーカラー」の自分としては、全く信用ならなかった。
「ただ、ちょくちょく来て様子を伺うなら、誰でも出来る。1週間でも良いから現場に入ってみろ!」
そう思うばかりだった。
そんな苛立ちを解消するには、自分自身がホワイトカラーになるしかなかった・・・。
そんな私が、予てから出していた念願の異動願いを受領され、遂に「ホワイトカラー」に登り詰める日が来たのだ。
部署は飲食店に変わるが、「現場スタッフ」では無い。
SVだ。
私、「駒井宏(こまいひろし)」は、40歳を超えていた。
歳も歳だし、丁度いい。
座って仕事をさせてくれ。
異動初日、初出勤の私は夢と希望に満ちていた。
「ようやく、ここまで来たか・・・。」
昨日、慌てて準備し、硬い革靴の靴ズレ感と堅苦しいスーツの違和感。
慣れない手つきで昨夜急いでアイロンがけをしたワイシャツの等の準備のせいで、少し寝不足感を感じながらも、気分は高揚していた。
常駐先は、西新宿の高層ビルの、56階。
悪くない。
東京オフィス。
そこはエリートたちが集まる頭脳集団と聞いている。
デスクワークで、今までよりは年齢相応の、少しは落ち着いた仕事も出来る事だろう。
私の胸は、踊っていた。
セキュリティーが厳しい東京オフィスで、初めて会う見知らぬ社員に促されながら、仮のパスカードを渡され、いくつかの扉を突破していく。
遂に、その扉を開け、喉から声が出る。
「おはようございます!」
・・・・・。
返事は無い。
ただ数人が「誰だ?こいつ?」と言う目線で見た後に、短く座ったまま会釈するだけだった。
「おおぉ、駒井君、来たな。」
そう私の名前を呼んだのが、赴任する新部署の課長である、諸塚(もろつか)さんだ。
今回赴任した、営業一部「イートセールス課」は、社内でも業績が良いことで知られている。
「駒井、お前はラッキーだ。このまま俺に付いてくれば、給料も上がる。ボーナスも上がる。まぁ気楽にやれや。」
そういう諸塚課長は、そのあとも饒舌に自分の部下になれた有難さを、私、駒井にベラベラと喋り続けた。
私は、「長いな・・・。」
と少し違和感を感じながらも、諸塚課長は間髪入れずに、
「ちょっと皆、注目!彼が今日からの駒井君。じゃぁ、駒井君、挨拶!」
そう促されると、オフィスにいた皆が半ばめんどくさそうにキーボードから手を離し、こちらを見てくる。
「本日、京中タウンの現場から異動してきた駒井です。宜しくお願い致します!」
と言う、私。
めんどくさそうにパラパラと拍手をされたかと思うと、皆一斉にモニターに視線を戻し、あとはキーボードのカタカタ叩く音と、しきりに鳴る電話の音だけだった。
「駒井、こっちが大林で、こっちが古村。宜しくな。」
目の吊り上がった諸塚課長とは対照的な、眼鏡の中年太り「大林(おおばやし)さん」と、小柄で生気の無い私より随分年上と思われる「古村(こむら)さん」。
そんな二人の先輩社員が居た。
私は、諸塚課長に会議室に呼ばれ、先ず、見た事もないテキストを渡され、それと共に、この「イートセールス課」の概要の説明を受けた。
しかし、だ。
ものの2、3分で、諸塚課長の話が明らかに脱線している。
「おい、駒井。これからは俺の言う事だけを聞け。大林も、古村も、あいつらの言う事は聞く必要は無い。俺が正しいから安心しろ。なんなら部長も社長の言う事も聞く必要がない。いいか?」
諸塚課長は続ける。
「まず、大林。あいつは馬鹿だ。間抜けのチャンピオンだ。とにかく嘘をつく。今までもトラブルばかり起こしてばかりで、言い訳しかしないクズだ。あいつの言っていることは『7割嘘』だと思っておけ。それから古村。あいつは犯罪者みたいなもんだ。クライアントにブチ切れてクってかかるは、交通費を多めに請求してネコババすわでな。先日現場の調整金が無くなったが多分、あいつが犯人だ。お前もあいつの前で財布を持ち歩く時は、気を付けろ。」
はぁ?
いきなりなんてこと言ってんだこの人・・・。
恐ろしい違和感を感じながらも聞いていると、会議室のドアを、大林さんが勢いよく開けて入ってくる。
「諸塚さん、飯田橋店で突発です!」
「突発」とは、現場スタッフが突発で休んでしまい、その現場のシフトに穴が出来てしまった事だ。
病気や身内の不幸などで、現場スタッフが予告なしに休むことである。
「何?何とかならんのか!・・・。おい大林、てめぇが適当な仕事やってっからそうなるんだろう!!!」
いきなり諸塚課長が「べらんめぇ口調」となり罵声が飛ぶ。
「いい加減にしろよ!ふざけんな!」
思わず私はビビッてしまい、太ももと太ももが密着した。
「・・・そうか、んじゃ駒井、初日だが頼む。大林、駒井を連れていけ!このバカが!」
・・・???
訳も分からずの、異動初日。
景色も良く東京が一望できる東京オフィスビル56階を、大林さんと共にエレベーターを降り、ものの小一時間で夢にまで見たこのビルを出て、飯田橋に向かった。
大林さんが言う。
「福田さん、初日で申し訳ないですが、飯田橋店の突発で人が居なく店が回らないんです。これから現場に入って貰います」
はぁ!?
僕はその数10分後、飯田橋の行ったこともない居酒屋に入れられ、エプロンを付けさされ、皿を洗っていた…。
ロッカールームには自分で急いで投げ捨てられたYシャツが、昨日のアイロンの甲斐もなく、もうクシャクシャになり、まだ、踵が崩れていない革靴がひっくり返っていた。
思い描いたのとはかけ離れた、「ホワイトカラー初日」を過ごした。
<第二章>黒いホワイトカラー
これから着ていくハズだったホワイトカラーの象徴である「スーツにネクタイ」そして、「革靴」を、異動初日、数時間で脱ぐことになった私は、気が付けばまた現場に戻っていた。
そこから数週間、私は、居酒屋の店頭に立ち続けた。
現場に戻ると言っても、商業施設と居酒屋では大違い。
何もかも解らない。
レジもシステムが全く違う。
皿は割るし、レジで誤打をするし、初めてなので当たり前なのだが、しかし周りは容赦ない。
「駒井さん、ミスは2回まで、ですから。」
冷たい目線でパート従業員のリーダーの婆ぁ「Sさん」がネチネチ言ってくる。
「駒井さん、何やってんすか?」
「それでも社員ですか?」
「仕事は、自分から聞いて覚えてください」
そんなSを筆頭に、忙しい現場は社員であろうが新人をかまっている暇はない。誰もが冷たいロボット人間の様に見えてくる。
狭い休憩室はパートの婆ぁばかリでとても居られない。
コンビニで味気ないパンを食い、そのコンビニのトイレで凄し、トイレも長い出来ないから、私は結局休憩中、意味なく信号待ちをしながら、青になっても渡らずに次の赤信号を待っていたりした。
仕事を終えるとクタクタで、風呂場では1人途方にくれ、頬に零れるものがあった。
「何がホワイトカラーだ。これじゃ、何のためにここ来たか解らない。」
そう思っていたが、遅咲きのホワイトカラーの私は、結局、諸塚課長の指示の元、現場に穴が出たら入るしかなかった。
自分が現場常駐だった時は、あんなに全くホワイトカラーの連中は助けてくれなかったのに・・・。
せっかく正社員にもなってホワイトカラーになったのに、また全く仕事の解らない所に放り込まれて・・・、俺は何をやってるんだ。
パートの婆ぁやアルバイトの小娘にもペコペコして・・・。
身も心もボロボロになり、約2週間の現場突発対応を終え、私は東京オフィスに戻った。
「駒井、大変だったなぁ!」
相変わらず不愛想なオフィスの人間と、無機質に鳴る電話と、景色だけは最高な窓の外を背景に、諸塚課長は言う。
「そもそも、突発が出るのは大林がスタッフのケアをしてないからだ!なぁ、駒井、もうわかるだろう!?大林のヤバさがよ!駒井もあんな事したら許さんから、気を付けろよ!」
そこに大林さんが、「諸塚さん、この書類に目を通して判を押して欲しいんですが・・・」と言う。
「ばか野郎!俺は今、忙しいんだよ!後にしてくれ!」
そう諸塚課長が言うと、マウスで画面をクリックしながら、何か鼻歌を歌っていた。
本当にこの人が忙しいかどうかは、僕にはすぐに検討がついた。
ものの5分後に、「おい大林、駒井君!飯だ、飯行くぞ!」
忙しい人間が、5分ですぐ飯に行く発想になるものか。
昼飯の間も永遠、大林への説教が止まらない。
「てめぇ、現場に行かなさすぎなんだよ!」
「いや言って話も聞いてるんですけど・・・」、大林さんの心細い反論にも、諸塚課長は、もちろん耳をかさない。
「またてめぇ、また嘘ついてやがるな!解ってんだよお前の嘘!GPSつけてやろうか!」
その間もおどおどして聞いている大林さんの携帯は何度も鳴っている。
どうやら打ち合わせの時間に既になっているらしいのだ。
「そろそろ打ち合わせが、ちょっと遅刻してしまっていて・・・」
大林さんの、か細い反論は、相変わらず空虚に宙に散らばるだけだ。
「バカ野郎、間に合うだろ!あ、おれ人参食えねぇ、お前食っていけ、全部やる。ラッキーだな、はは(笑)!」
何なんだ、この人は…。
諸塚課長に対する不信感は、増すばかりだ。
無理やり人参を口にほおばり、くしゃくしゃの1000円をテーブルに置くと、大林さんは「申し解りません」と電話先に謝りながら、店を出て、全く休憩にならない昼休みを終えていた。
そこに、古村さんから諸塚課長に電話が入ったようだ。
「なにぃ!?てめぇまた何やってんだよ!」諸塚課長の罵声が、まだ飛び交う。
電話を切った課長は、
「駒井君、鍋屋横丁店で古村がやりよった!これから俺も鍋屋横丁に行く。お前はオフィスで適当にやってくれ!」
私はそう言われてただ、はい・・・と、出たか出ていない返事をして頷くのが精いっぱいだった。
東京オフィスでの1か月はだいたいそんな感じで、諸田課長はとにかく、大林、古村に説教しかしない。自分が上司として責任を取ってる節が、まるで無い。
私には大林さん、古村さんの悪口しか言わない。大林さんといる時は古村さんの。古村さんといる時は大林さんの。
その時に居ない人間の悪口を言うという、一番最低のパターンだ。
その時点で、私が諸塚さんの視界に居ない時は、私の事を裏でどんな風に言っているか想像するのは容易だ。
昼休憩は、毎日の様に拉致られ、説教を永遠垂れ流し、一円も奢らなければ、「これ、不味ぃー」と言い、残した残飯を、無理やり、大林さん、古村さんに食わせる。
私にも、説教ばかりでろくに仕事も教えない。「駒井君、まぁまぁ、ゆっくりとで良いから。」と。
そして、あんなに最初「俺の言うことだけを聞け!」と言っていたのに、いざ質問すると、
「それは俺はわからねぇ。古村に聞いてくれ!」
と、逃げる。
結局実際の所、部下にしか仕事を押し付けていないので、自分は上司でありながら、実務的な事は何も解らないのだ。
私は中学生でもできるスタッフリストのエクセルの打ち込みや、シュレッダーがけを永遠やるしかなかった。
大林さんも古村さんも、諸塚課長の説教の対応するのが精一杯で「駒井さん・・・すみません」と、全然私に仕事を教える余裕がない。
わかったのだ。
業績が良いわりに、なぜ部下は私を入れて3人しかいないのかが。
クライアントからの電話に出る諸塚課長は、それは愛想が良く、対外的にはバンバン案件を取ってきている様で、ある意味サラリーマンとしては出来る人だ。
しかし、その仕事の進め方が部下に押し付け過ぎで、罵声を浴びせ悪口を良い、無理やり飯を食わせパワハラが凄いから、きっと部下社員が次から次に辞め、定着しないのだ。
「お前、本当に結婚してんのか?偽装結婚じゃないのか?嫁は日本人じゃねぇだろう?へへへ」
今日も説教なのか嫌味なのか解らない諸塚さんの話に、ずっと相手せざるを得ない古村さんは、まったく仕事が捗っていない様子だ。
朝は定時に来ない。しかし、夕方になれば定時に帰る。
そんな諸塚課長に、大林さんも古村さんも何も言えないのは「前の会社に居た時に、今の会社に来いと拾ってくれたから」だそうだ。
人間、月20万程そこそこ程度のサラリーを貰うために、こんな人間と過ごさなきゃらなないのか。
私はもちろん、滅入り始めていた…。
キーボードを叩く音と無機質な電話の音の他は、諸塚課長の愚痴と罵声しか聞こえない。
オフィスをうろちょろして誰かを見つけては、
「ったく、俺は大林のミスのせいで、いつクビになってもおかしくないぜ~、そう思うだろ?」
と、なぜか嬉しそうに、会う人会う人に言っている。
部下に仕事を押し付けて、自分はオフィスを徘徊しては、話相手を探しているこの人は、確実に暇なんだろう。
私の事も居ない時に、「何だ、あの新人は。使えねぇなぁ…」と言い出しているに違いない。
今日は、台風が近づいている。明日には都内を直撃するらしい。
さすがの56階の窓から見えるビル群も、今ばかりは水滴で視界も良くない。
数100名の現場スタッフに、台風対応を伝えないといけない古村さんの会社携帯の電話帳メモリはいっぱいで、居なくなったスタッフを消しては、新規スタッフを登録して、せっせと数100名にメールをしていた・・・。
「よーし、俺は引きこもる気満々だぞ!んー何やってんだよ、古村!携帯ばかりいじって、変なサイト見てんじゃないだろな!」
古村さんが必死に仕事しているのに、自分は明日休む気満々の諸塚課長の変わらぬ無駄口。
死んだような笑みを浮かべて相手をする、古村さん。
「こんな未来の自分に、何の希望がある?」
先輩社員のクソみたいな姿に、自分の未来をを投影しながら、私は絶望していた。
翌日夕方には台風が過ぎ、56階から見える外の景色だけが奇麗で、新宿の街を茜色に染めていた。
この時点で、私はSVとしての仕事を1ミリも経験出来ずにいた。
回復した天気とはウラハラに、私の心は全く晴れずにいた。
【後編に続く】
【後編】はコチラ→私小説「黒いホワイトカラー」~私が出会ったパワハラ上司~【後編】
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